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千葉地方裁判所 昭和31年(ワ)30号 判決

原告 国

訴訟代理人 舘忠彦 外三名

被告 株式会社芙蓉製作所 外二名

主文

被告等は、各自原告に対し金三十四万二千八百円及びこれに対する昭和二十八年一月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告等の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、原告は昭和二十年二月訴外日立航空機株式会社に対し、原告の所有に係る機械番号A四--五一八号ターレツト旋盤一台を兵器等製造事業特別助成法第三条に基き無償で貸付け、右会社は同年八月頃原告の同意を得て、右旋盤をその下請工場である被告会社(当時商号を千葉精機株式会社と称していた)に兵器部品増産の目的で貸与した。ところが、終戦によつて兵器製造の必要がなくなつたので、その後は原告において引取るまで、そのまま被告会社に無償保管させていたところ、昭和二十四年に至り被告会社(当時商号を芙蓉興業株式会社と称していた)は原告(通商産業省所管)に対し右旋盤の一時使用願を出し、原告は同年九月十六日に右願を容れ、期間を一か年とする使用貸借契約を結び、その後毎年更新を続けた。然るに、被告木内は被告会社の代表取締役として、原告の承諾を得ずに昭和二十六年九月頃右旋盤を被告大井に賃貸し、同被告は昭和二十七年一月頃これを氏名不詳の第三者に引渡し、爾来その所在を不明にして了つた。凡そ通商産業省がその所管に係る国有機械を第三者をしてその保管者から引取らせる場合は、必ず出荷指図書を発行しこれと引換に受渡しさせるのを常としており、このことは保管者たる被告等においては当然知りまたは知り得べかりしものであるのみならず、同省係官である訴外川上襄二は当時被告木内に対し同旋盤を引取に行く際は必ず出荷指図書を発行するからそれと引換にのみ引渡すよう注意を与えていたものであるから、出荷指図書と引換でなければ旋盤を他に引渡すべきではない。ところが本件において通商産業省は右指図書を発行したことは全くないのであるから、被告大井が旋盤を第三者に引渡したのは同書面なしにしたことが明らかであり、被告大井は故意もしくは過失によつて原告の旋盤に対する所有権の行使を不可能ならしめ、よつて原告をして右の時価相当額たる金三十四万二千八百円の損害を蒙らしめたものである。また、被告会社は原告に対し前記旋盤を返還する義務があるところ、その履行は被告大井の前記行為のため不能となつたが、右は被告会社が原告の同意を得ることなく被告大井に転貸したことによるものであるから、同会社はその責に帰すべき事由により返還義務の履行を不能ならしめ、原告をして前記の損害を蒙らしめたものである。従つて右被告等はいずれも原告に対しその損害を賠償する義務があるものであるが、右の履行不能は被告木内が被告会社の代表取締役としてその職務を行うにつき悪意または重大な過失があつたことに起因するものであるから被告木内も被告会社と連帯して原告に対しその損害を賠償する義務がある。よつて、ここに被告等に対し各自前記金三十四万二千八百円及びこれに対する右不法行為もしくは履行不能の後である昭和二十八年一月一日から右完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求めると述べ、被告等の抗弁事実を否認し、原告が本件の損害及び加害者を知つたのは昭和二十八年二月二十五日であつて、この日に前記係官川上が現地に赴き調査した結果、被告木内がかねて同旋盤を被告大井に貸与しており、同被告がこれを第三者に引渡し所在を不明ならしめたことをはじめて知つたのであり、本訴は昭和三十一年二月十一日に提起されているから、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は完成していないと述べた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を決め、答弁として原告主張事実中、被告会社(当時千葉精機株式会社と称した)が原告主張の頃訴外日立航空機株式会社から原告主張の旋盤一台の引渡しを受けたこと、昭和二十四年頃被告会社が芙蓉興業株式会社と称していたこと、原告主張の頃被告木内が被告会社の代表取締役として右旋盤を被告大井に引渡したことはこれを認めるけれども、原告と日立航空機株式会社との関係は不知その他はこれを否認する。原告主張の旋盤は被告会社が日立航空機株式会社より疎開のため無償で一時保管方を託されていたもので、昭和二十六年頃右旋盤が原告所有のものであることを知つたが、格別の契約を締結することなく従前のまゝ無償で保管していたものである。而して同年九月頃に至り、被告会社が工場を他に売却する必要に迫られたので、原告の承諾を得て被告大井に右旋盤の保管を託し同人方工場に移したものであるが、昭和二十七年一月頃通商産業省係官川上襄二は被告会社の代表取締役たる被告木内に対し同旋盤の返還を求め、数日中に引取りに行くからこれを引渡すようとの指図をなしたので、同被告は右旨を保管者たる被告大井に指示し、同被告はその二、三日後に引取に来た者に対し、通商産業省発行の出荷指図書と引換にこれを引渡したものである。従つて、被告等には原告主張のような責任は全くないのみならず、仮に万一被告等に原告主張のような義務があつたとしても、被告木内は昭和二十八年一月二十日頃前記係官から呼出を受け所属庁に出頭した際、同人に対し旋盤は指図通り被告大井方に於て出荷指図書と引換に引渡した旨を告げているものであり、従つて、原告は同日より被告等が旋盤を保管していず、これが所在不明となつていること即ち損害及び加害者を知つていたものであるから、その後三年間の経過によつて、不法行為による原告の損害賠償請求権は時効により消滅したものであると述べた。

証拠〈省略〉

理由

被告会社が商号を千葉精機株式会社と称し、昭和二十年八月頃原告主張の旋盤一台を訴外日立航空機株式会社より引渡を受けたことは当事者間争なく、証人川上襄二の証言により成立を認め得る甲第一号証の一、二、芙蓉興業株式会社取締役社長名下の印影が同人の印顆により押捺されたものであることに争がないので、その余の部分も真正に成立したものと推定すべき甲第三号証の一、証人田中善蔵の証言により成立を認め得る甲第三号証の二及び証人川上襄二、田中善蔵、同小林三郎の各証言を綜合すると、被告会社が引渡を受けた前記機械は、これより先昭和二十年二月原告が日立航空機株式会社に兵器等製造事業特別助成法に基き無償で貸与し、同会社が原告の同意を得てその下請工場である被告会社に兵器部品増産の目的で貸付けたもので、終戦後はそのまゝ被告会社に無償で保管させていたが、昭和二十四年九月十六日原告(通商産業省所管)は当時商号を芙蓉興業株式会社と称した被告会社(右商号の点は当事者間争がない)と同機械につき原告主張のような使用貸借契約をなし、その後毎年更新を続けたことを肯認することができ、右認定を覆すに足る適当の証拠はない。而して、被告木内が被告会社の代表取締役として昭和二十六年九月頃右機械を被告大井に引渡したことは当事者間争がなく、証人川上襄二、同田中善蔵の各証言を綜合すれば、右は被告会社が原告の承諾を得ることなく被告大井に転貸したのと推定することができる。被告等は、これを、単に無償で寄託したに過ぎず、而もそれにつき原告の同意を得た旨主張するけれども、被告本人木内厳、同大井堅三(各第一、二回)の訊問結果中右に副う部分は前記証拠との対照上易く信用し難く、他に右主張を肯認すべき適当の証拠はない。然るところ、証人川上襄二の証言によると、被告大井は昭和二十七年一月頃通商産業省発行の出荷指図書受領証等の書類を受取ることなく、同省の使者と称する氏名不詳の第三者に同機械を引渡し、爾後その所在を不明ならしめたことを認めることができる。被告等は、右機械は、原告の指示により原告の使者に対し通商産業省発行の出荷指図書と引換に引渡したものである旨主張するけれども、被告本人大井堅三訊問の結果(第一、二回)中右に照応する部分は前記証拠との対照上容易に信用し難く、他に前段認定を覆して右被告等主張を肯認するに足る適当の証拠はない。凡そ国の所有に属する機械を管理する者が、国の使者と称する未知の者にその引渡を求められたような場合には、少くとも出荷指図書、受領証等その者が正当引取人であることを確認し得べき書類の呈示を求め、これと引換にのみその引渡をなすべきは、善良なる管理者の注意義務として当然のことであるにかかわらず、被告大井はこれを怠り右措置によらなかつたものであるから、到底過失の責を免れることはできず、これにより原告の同機械に対する所有権の行使を不可能ならしめたものであるので、原告に対し同人がそれにより蒙つた損害を賠償すべき義務がある。また、被告会社は原告に対し同機械を返還すべき債務があるところ、その履行は被告大井の前記行為のため不能となつたが、右は被告会社が原告の同意を得ることなく被告大井に転貸したことによるものであるから、被告会社は原告に対し同人がこれにより受けた損害を賠償すべき義務がある。而して、右の転貸は、被告木内が被告会社の代表取締役としてなしたものであり、その結果被告大井の前記行為と相俣つて原告に損害を蒙らしめたものであるから、被告木内は取締役としてその職務を行うに当り重大な過失があつたものと認めるのを相当とし、商法第二百六十六条の三により被告会社と連帯して原告に対し前記損害を賠償すべき義務がある。次に、被告等の消滅時効の抗弁につき考察するのに、被告等は、原告は昭和二十八年一月二十日頃、前記機械が所在不明となり、損害及び加害者を知つた旨主張するけれども、被告本人木内厳訊問の結果(第一、二回)中右に符合する部分は証人川上襄二の証言との対照上信用し難く、他にこれを認めるに足る確証なく、却つて、右証人の証言により、前記日時に被告木内が通商産業省係官川上襄二に対し旋盤引渡しのことを告知したことはあるが、右川上は未だ損害及び加害者を知るには至らず、同年二月二十五日に同人が現地に赴き調査した結果はじめてこれを知つたものと認むべく、本訴提起の日時が昭和三十一年二月十一日であることは当裁判所に顕著であるから、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は未だ完成していないというべきであり、被告等の抗弁は採用することができない。而して、証人川上襄二の証言により成立を認むべき甲第四号証によると、同旋盤一台の前記引渡当時の価額は金三十四万二千八百円と認められ、これを左右すべき証拠はないので、原告は被告等の行為により同額の損害を蒙つたものと認めるのを相当とするから、被告等は各自原告に対し、右金員及びこれに対する前記不法行為もしくは履行不能の後である昭和二十八年一月一日から右完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による損害金を支払うべき義務があるので、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 堀部勇二)

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